こんにちは、SAKUです。
前回の記事に続き、思うところを書いてみます。
正解を探すことは悪くない。
でも、正解が分かってから動こうとすると、人生は少し退屈になる。
これまた最近、そんなことも考えます。
もちろん私も、できるだけ間違えたくありません。
投資なら、できれば上がる株を買いたい。
仕事なら、できれば失敗しない方法を選びたい。
人生なら、できれば後悔しない道を歩きたい。
…まあ、そんな都合のいい答えは、なかなかありませんけれどね。
例えば投資。
「この株を買っておけば正解!」
そんなものが分かるなら、誰も苦労しません。
そういう動画、私はよく見ちゃいますけれどね。
結果、ほんのちょっぴり確率が上がるように感じます。
もしくは損しても自分が納得して買ったから諦めもつきます。
だから最近は、「正解を当てる」より「間違っていたときにどうするか」
の方が大切なのかもしれない、と思っています。
仕事も似ています。
若い頃は、「正しいやり方」を探していた気がします。
でも、経験を重ねると、凡その予想はつくものの
「その場になってみないと分からない」ことが案外多い。
相手も状況も扱う議題も毎回違います。
それなら、最初から完璧な答えを探すより、
最善を尽くしたうえで「今の自分では、これがベスト」で動いてみる。
後になって「どうしても違っている」と思えば、軌道修正しリカバリーに尽くせばいい。
人生になると、もっと正解が分かりません。
結婚、仕事、お金、住む場所。
「あのとき別の選択をしていたら」と思うこともあります。
でも、過去の答え合わせをしても仕方がない。
その時の自分は、その時なりに考え抜いて選んだのだから。
だから今は、
正解だったかどうかより、自分で選んだ道をこれからどう歩いてゆくか。
そちらの方を大切にしたいと思っています。
もちろん、これが正しい生き方だと言いたいわけではありません。
私自身、今でも迷います。
投資も、仕事も、毎日の小さな選択の是非についても迷う。
これからの人生についても、まだ分からないことだらけです。
ただ、分からないからこそ面白いのかもしれません。
全部の答えが最初から分かっている人生なら、レールの上を歩くだけ…たぶん退屈です。
少しくらい間違えて、寄り道して、
「まあ、こっちも悪くなかったな」
と思えるくらいが、ちょうどいいのかもしれません。
正解を探すより、自分なりの答えを作っていく。
それこそが求めている「正解」なのかもしれない、そう思います。
自分で納得できる答えって、結局自分しかわからないんじゃないでしょうか。
そんなことを考えつつ、今日の選択が未来の正解であることを願っています。
皆さんの「正解」って、どのようなものでしょうか…とても気になります。
今回もご覧くださり、ありがとうございました。
「正解」を探しすぎる人生は「正解」なのか

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